オオヒシクイはヒナの時期、集団にはならないので、親を間違えるような機会は少ないと思われます。もし仮に他の家族と合流しても、自分の親を声と顔で覚えているので、混乱することはありません。
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★★ 解説 ★★
「インプリンティング(Imprinting)」という言葉があります。ガンのヒナが生まれて初めて見た動くものを自分の親と認識することを指し、「刷り込み」ともいいます。この過程が正しく行われる前提条件として、一つ欠かせない点があります。それは、生まれる以前から自分の親の声を継続して聞いていることです。もし孵化(ふか)したときにたまたま親が巣を離れていて、別の鳥や動物の顔を見てしまったら、このヒナは後から帰って来た本当の親を、自分の親とは認識できなくなってしまいます。メスのガンは孵化(ふか)の数日前になると、卵に向かって盛んに声をかけます。低く、少し鼻にかかったような鳴き声で「ググググーッ、ググググーッ」と繰り返します。すると、中からヒナが「ピィピィピィピーッ」と応えます。このやり取りが何日か続き、孵化後(ふかご)に声の主の顔を見ます。今まで聞いていた声と、目の前の顔が一つに重なって、ようやく親を正しく覚えます。つまり、耳と目の両方の認識を経てそれが一致する過程が必要になります。
ところがガンの場合は、自分の親を覚えるのと、自分の属する種を認識するのは別々の過程で行われます。一回の産卵数が少ない(たいてい二つ)ツルは、自分の親を見るのと同時に、自分がどんな鳥であるのかを覚えます。ですから、ツルを人工的に育てる場合は、将来ツルが人間に対して求愛する恐れのないように、ツルの嘴(くちばし)の形をした箸(はし)を使って餌(えさ)を与え、人はツルのヌイグルミを着るなどの工夫が必要となります。一方のガン類の場合は、同じ巣の中で育った兄弟の顔を見て種を覚えます。ですから、人間に育てられてもちゃんとガン同士で番(つがい)になります。半野生の環境で人間に育てられたハイイロガンがやがてペアになり、幼鳥を引き連れて育ての親の所に帰って来たという例からも、親と種、生まれた場所に対する記憶など、ガン類が持つ特有の性質や認識の仕組みが理解できます。
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