しかし、実際にはこれらの境界線を一本の線で地上に引くことは不可能です。その中間の大きさや形を持つ個体が必ずいて、どちらに属するのかいつでも分類できるとは限りません。そうした理由から、(C)のニシヒシクイと(D)のオオヒシクイの間に別のニシシベリアヒシクイA.f.johanseniがいると主張する説もあります。
一方、日本ではかつて「ヒメヒシクイA.f.curtus」が飛来したとの記録がありましたが、現在ではこの亜種は認知されていません。(A)ロシアヒシクイと(B)ヒシクイの中間の特徴を示し、独立したタイプとして他の二つからはっきりと分けることができないからです。また、繁殖している場所も分かっていません。恐らく、ロシアヒシクイの中でもっとも東側で繁殖する群れの一部が、かつての「ヒメヒシクイ」と考えられていたのではないかと思われます(『私たちの自然』1997年4月号 No.425-P18-21参照)。
☆☆ 亜種について ☆☆
この説明文の中では、同じ種でありながら地域ごとに共通の特徴をもつヒシクイのグループを「タイプ」という言葉で呼んでいます。専門の用語では「亜種」といいます。ある一つの地域の群れが、他の地域の群れと比較して形態(形や大きさ・羽の色など)や生態(暮らしている環境や食べ物、繁殖の仕方の違いなど)上の違いが認められる場合、それぞれの地域ごとの群れを「亜種」として区別します。亜種の分布が高い山脈や大きな川、島などの地理上の境界によって明らかに区分けできればいいのですが、実際にはそのような厳密な境界線は引けず、両方の特徴をもつ中間型が存在するため境目はあいまいです。生物の形態上の差は(ヒシクイの場合、大きさは西から東に向かって)少しずつ徐々に変化していくので、分布の両端の個体を比較すれば違いは一目瞭然なのに、隣り合った個体同士ではほとんど差は見出せません。このように、連続して移り変わる現象「クライン」のため、全ての個体を幾つかの「亜種」に押し込めることはもともと不可能です。細かい点にこだわり過ぎると、ヒシクイの個体の数だけ亜種を作り出さなければなりません。ですから「亜種の法則」では、3/4の個体が他の亜種から区別できればよいとされていて、他の1/4はどっちつかずの状態であることを容認しています。
さらに一言加えますと、ロシアヒシクイ・ヒシクイ・ニシヒシクイ・オオヒシクイの四つの亜種をまとめて「ヒシクイ」といいます。「ヒシクイ」という名前は種名にも亜種名にも使いますが、ここでは特に断らない限り、亜種を指すことにします。
「亜種」に関する定義自体がもとから曖昧さを含んでいる上、分類も解釈が分かれることがありますので、ここでは「亜種」という言葉は使わないでおきます。