日本には1.で説明したオオヒシクイと、ヒシクイの二つのタイプが飛来します。ヒシクイは「オオ(=大)」が付かないように、文字通りオオヒシクイより小型のガンで、嘴や首も短いのが特徴です。また、体の大きさや嘴(くちばし)の形に応じて、住む環境と食べるものが違います。オオヒシクイは主に沼や湖・川岸などの湿地で暮らし、水辺のマコモやヒシの実を食べます。ヒシクイはそれより乾いた環境を好みます。
(ヒシクイ)
(横顔の比較)
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★★ 解説 ★★
違いをもう少し詳しく説明すると、オオヒシクイは体が大きくて首が長いという特徴の他に、頭のてっぺんから嘴(くちばし)の先までほぼ一直線になっています。例えて言うと、嘴(くちばし)はラジオペンチのような形です。一方のヒシクイでは、体重がオスで3.2Kg、メスで2.8Kg前後で、オオヒシクイのおおよそ60%程の重さです。体が小さい分、首も短く、嘴(くちばし)も短めです。しかし、嘴(くちばし)は単に短いだけでなく、オオヒシクイとは形が異なります。真横から見ると、上嘴(くちばし)の中央部、穴の開いている部分が少し盛り上がっていて、とてもガッシリとした作りに見えます。また、嘴(くちばし)の付け根は額とわずかに角度が付いています。さらに、上嘴(くちばし)と下嘴(くちばし)の間が大きく開いていて、ちょうどペンチのような格好をしています。
この二つのガンは、体の大きさや嘴(くちばし)の形が異なるだけではありません。外見上の差は、生活の仕方、特に植物の食べ方や好んで住む環境の違いになって現れます。
オオヒシクイは、沼や川の浅瀬のマコモという植物が生えている場所を好みます。長い首と真っ直ぐな嘴(くちばし)を泥の中に突っ込み、地面の下からマコモの根っこを引っ張り出して食べるのがとても上手です。外敵が近づいたり水面が氷で閉ざされない限り、ずっと同じ場所で生活し、沼や湖からあまり出て行かないので、昔の人はオオヒシクイを「ヌマタロウ」とも呼んでいました。
もう一方のヒシクイは、夜を過ごした沼や湖(=ねぐら)を日の出の時刻より少し早めに飛び立ち、日中の大半を刈り取りの終えた水田や草地などで過ごします。そして、陸に生えている植物の茎や葉などを嘴(くちばし)の先でくわえ、引きちぎるようにして食べます。また、地面からあまり深くない範囲で、イネ科の植物の根を掘り起こして食べることもあります。水鳥の仲間なのに、昼間は足が水に浸かるような場所ではほとんど見られません。湿地よりはむしろ乾いた環境を好むので、地域によっては「オカヒシクイ」という名前がついています。
繁殖地のロシアでは、オオヒシクイはカバやヤナギ、カラマツなどが密に生えている「タイガ」と呼ばれる森に住み、その中を流れる小さな川や湖の周りで子育てをします。一方のヒシクイは、360度あたりを見回せるような完全に開けた場所で生活します。このように、夏の間ロシアでも全く異なる環境で生活し、それぞれが好んで生活する場所にちなんで、オオヒシクイは「タイガ型」、ヒシクイは「ツンドラ型」と呼ばれています。
このように同じような形態をもつもの同士が、暮らす場所や食べものでけんかしなくても済むように別々の環境に住み分けていることを「生態隔離」(せいたいかくり)といいます。
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